丹生山で未確認の岩塔探し

丹生山の表参道からコウモリ谷東尾根

~お花見がてらの丹生山探訪、未確認の岩塔を探してルーファンを楽しむ~

2022年3月27日

今日は、市からの委託により丹生山系の太陽と緑の道を整備しているH氏と、この辺りに明るい三菱雪稜のUさんに案内されての登山となった。

山頂の丹生山神社からは、新道のコウモリ谷東尾根を下り衝原湖のBE KOBEモニュメントで花見の宴の予定だ。途中、H氏が「以前から気になっていた岩塔があるので、その全容を確認したい。」との申し出があったので寄り道をしていく。

下山後、期待していた花は咲いてなくどうしようかと思案していたら、近所のJ氏がわざわざ車で出迎えてくれてご自宅の庭を提供してくれた。幸いにもお庭に一輪だけ桜が咲いていたので、これでようやく花見の言い訳になった。

※不覚にも岩塔探索時に、ロッコペリは滑落事故を起こしてしまった。身をもって知ったその恐怖の顛末はブログの最後に記したい。


谷上駅でH氏合流し、便数の少ない市バス111系統衝原行に乗り、丹生神社前まで神戸市とは思えない田園風景を楽しむ。

バス停を降りると、Uさんとその相棒のラムちゃんが待っていた。

ロッコペリはラムちゃんとは初対面。人見知りのラムちゃんと聞いていたが、一目で意気投合し吠えられることもなく旧知の仲のような振る舞いに、飼い主のUさんも驚いていた。

この先、食料品を手に入れるすべはないので、5分ほど先にあるローソンにて花見用の食材とアルコール類を買い込む。3人とも吞み助なのでそれなりの量になる。ラムちゃんには早速番犬の命が下った。

鳥居をくぐって、山頂にある本殿まで約3kmの参道兼登山道が続いている。その一部が太陽と緑の道に指定されている。

沿道には菜の花が揺れ、ゆるやかな春の風景が「ええぃ、山はやめて、ここで花見じゃ!」の気持ちにさせてくれる。登山口では、もう田舎でしか見なくなった火の見櫓があった。

登山口のお地蔵様には、いつもきれいな花が手向けてあり、神社とともに地元の人に大切にされているのがよくわかる。地蔵様のかたわらには「25丁の碑」がある。1丁が約109mなので約3kmでほぼ合っている。

登山口入ってすぐ、H氏は「パトロール中」の腕章をつけ、倒れ掛かった竹を次々に整備していく。ロッコペリも手鋸と鉈を用意し加勢する。

枯れた竹を引き倒そうと体重をかけたら、拍子抜けするくらい根元から簡単に折れてしまった。予想外の展開で、そのまま斜面から後ろ向きに1回転して転げ落ちてしまった。ザックを背負っていたので無傷で済んだものの、後で分かったのだが大切にしていたシグナルミラーが割れてしまった。

あらかた整備も終わり、再出発しようとしたらH氏の手鋸が無いことが発覚、来た道を戻る羽目になった。見送るラムちゃんの心配そうな顔が印象的だった。

無事に手鋸を回収し、整備された登山道を軽快に進んで行く。樹間を抜ける風が気持ちよかった。

途中、登山道が北西から北に進路が変わる辺りで、谷を挟んだ対岸の尾根に探索予定の岩塔を確認する。目測では、高さ20mほどありそうな岩体だ。周囲がどうなっているのか、今からとても楽しみだ。

H氏いわく、色々とネットや書物を探したが、全くこの岩塔についての情報が出てこなかったとのこと。場所が特定できれば、本邦初公開になると意気込んでいた。

見てみたかった延命地蔵と丹生山橋。橋には昭和16年8月とある。この4か月後の昭和16年(1941)12月に太平洋戦争開戦となるから、大戦前夜の重苦しい雰囲気の中で当時の人は何を思って造作したのだろうか。

この小さな橋を渡ると、登山道は一気に高度を稼いでいく。

丹生山橋からしばらく登って、進路が大きく右カーブする地点が岩塔への進入路となる。滑りやすい法面をトラバースして、目的の尾根に向かっていく。

地形図の丸くなった尾根端は、隠れピークは無く平坦な台地のようなところだった。ここからは、南東にあると思しき岩塔を探索していくが、弱い踏み跡があるので意外に人が入っているようだ。

標高差で30mほど下った場所を念入りに探すと、いきなり大きな岩塊に出くわした。岩塊は2つの塊で構成されており、南東側から前衛後衛と呼ぶなら、この写真は後衛(15m)にあたる。

前衛部は右手にテーブルロック、左手に岩塔(上部15m)の状態で、チョックストーンの下は基部まで10mほどのクラックになっている。

人が入るとその大きさが分かるが、岩塔上部はハング部分もあり我々には手が出ない。テーブルロックからクラックを確認したH氏いわく、トップロープで下からチムニー登りで行けそうだとのこと。

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